大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和63年(う)499号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人から金六万五五〇〇円を追徴する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人相馬達雄及び被告人本人作成の各控訴趣意書記載のとおりであるから、これらを引用する(なお、両趣意書とも控訴の趣意としては専ら事実誤認を主張するものである旨弁護人において釈明した。)。

各論旨は、事実誤認を主張し、要するに、原判決は被告人が選挙運動に対する報酬として現金一〇万円の供与を受けたと認定しているが、その現金は選挙運動の費用として交付を受けたに過ぎないものであるから、原判決は事実誤認を犯している、というのである。

そこで、各所論にかんがみ記録を調査して検討すると、まず原判決挙示の関係各証拠によれば、昭和六一年七月六日実施予定の衆議院議員選挙に京都府第二区から立候補予定のA党のBの京都府相楽郡選挙対策本部本部長であったCと同事務次長であったDは、同年六月一七日ころ、選挙情勢が右Bにとって厳しいものであったことから、相計った上、各地区の選挙運動責任者らに投票取りまとめ等の選挙運動に対する報酬としての金員を配ることを決意し、各地区の選挙運動責任者一一名を選び、各地区の有権者数、各人の知名度及び予想される選挙運動の程度等に応じて一万円から一〇万円の範囲で、その者らに金員を配ることとし、同日ころから同月二〇日ころまでの間両名で手分けしてうち九名ほどに順次金員を配ったこと、その金員の配付に当たって、両名は、当該金員の使途、後日の精算などについて特に指示することもなく、「いろいろお世話になりますが、そのお礼のしるしです。」などと言って渡していること、配付を受けた者の中には当初金員の受領を断る者もいたこと、右一一名のうちの一人として被告人に対しては、同月二〇日ころCから現金一〇万円が渡されていること、Dは、右Cと相談した分以外にも、単独で選挙運動の有力者数名に現金三万円から一〇万円を渡していること、本件以前の過去のBに関する選挙運動において地区の責任者に選挙運動の実費の支給がなされた事実はないこと、選挙後Dが買収容疑で逮捕されるや、Bの秘書Eは右金員の配付を受けた者に働きかけ、金員を授与した者が、Bの選挙運動の出納責任者となったCではなく、Dである旨供述するよう口裏を合わせる工作を行っていること、などの諸事実が認められる。そして、D及びCは、その供述内容の意義、重要性を十分認識した上で金員配付の決定と実行に当たった当事者としてその間の事情を率直に語ったものとして高い信用性が認められる各人の検察官に対する供述調書において、前記配付した金員が選挙運動に対する報酬としての趣旨であることを供述しており、また被告人も、過去には選挙運動の実費の支給がなかったことを認めた上改めて本件金員を受領した当時の心境を素直に供述したものとして十分信用性が認められるその検察官に対する供述調書(昭和六一年八月五日付)において、本件金員が選挙運動に対する報酬としての意味をもつものとして提供されるものであることを認識した旨述べているのである。してみると、前記客観的諸事実並びにD、C及び被告人の右検察官に対する各供述調書によれば、D、Cは共謀の上、選挙運動に対する報酬の意味をもつものとして、被告人に本件現金一〇万円を渡したものであること、被告人はその一〇万円が選挙運動に対する報酬の意味をもつものとして提供されたものであることを知りながら、それを受領したものであることは明らかであるといわねばならない。

なお、D、C及び被告人はそれぞれ、原審公判での証人尋問あるいは被告人質問において、本件一〇万円の金員は選挙運動あるいは後援会活動のための費用の前払いないしはその補填の趣旨で被告人に渡され又受け取ったものであり、それは選挙運動に対する報酬の趣旨をもつものではない旨供述しているが、その供述するところは、あいまい不自然であったりあるいは事実を誇張し歪めて供述している点が認められ、前記各検察官に対する供述調書の内容と対比しても、その信用性は低く、それら供述に従って本件金員の性質を判断することは到底できない。また被告人は、本件一〇万円から選挙運動労務者への弁当代及び運転者への謝礼として三万四五〇〇円を支払ったほか、既に自費で支出済のポスター製作のための費用への補填あるいは選挙運動者らが負担した電話代の選挙運動費用の弁償としての支出を予定しており、結局一〇万円全額を選挙運動費用として費消する積もりであったから、それは選挙運動に対する報酬としての性質を有しなかった旨原審公判において弁解するが、右弁解にある既に支払済の三万四五〇〇円以外の費用補填ないし弁償としての支出予定については、その存在あるいは金額が信用するに足る客観的な裏付けを欠くのみならず、果たして真にそれら費用補填ないし弁償として支出する意図であったのかあいまいで疑わしく、更にはたとえ受領後には専ら選挙運動の費用あるいはその補填として使用することを意図したとしても、それから直ちに受領時に選挙運動の報酬として授受されたことの否定につながるものではないので、右弁解をもって本件一〇万円が選挙運動に対する報酬としての趣旨をも有するものであったことを否定することはできない。

従って、原判決が、被告人は本件一〇万円の金員が選挙運動に対する報酬としての趣旨をもつものであることを知りながら、その供与を受けた旨認定したのは(なお、原判決はその罪となるべき事実において、「その報酬として供与されるものであることを知りながら現金一〇万円の供与を受けたものである。」と判示するが、その補足説明と併せ読むならば、右判示部分は、現金一〇万円全額が報酬のみの趣旨で供与されたというのではなく、選挙運動の報酬と費用の両趣旨を不可分的に含むものとして供与されたという旨であると解される。)、これを是認することができ、それは、当審における被告人質問の結果を踏まえて検討しても変わりがないので、前記事実誤認をいう論旨は理由がない。

ところで職種により調査すると、記録によれば、被告人は、現金一〇万円を選挙運動の報酬及び費用の両趣旨を不可分的に含むものとして供与を受け、その後その一〇万円のうちから選挙運動の費用として、ポスター貼りの労務者らの弁当代四五〇〇円及び個人演説会聴衆の送迎用バス運転者三名に対する手当三万円の計三万四五〇〇円を支出していることが明らかであるが、このように、選挙運動の報酬及び費用の両趣旨を不可分的に含むものとして金員の供与を受け、かつ、その供与を受けた金員のうちから選挙運動の費用として一部費消しているときは、その選挙運動の費用として費消した分については、収受した利益が最早存しないものとして、公職選挙法二二四条による追徴の対象とならないものと解すべきであるから、本件においては、被告人が供与を受けた一〇万円のうち選挙運動の費用として支出した三万四五〇〇円相当分については、収受した利益が存しないものとして追徴の対象にならないといわねばならないところ、原判決は右三万四五〇〇円相当分を控除することなく、供与を受けた現金全額相当の一〇万円を追徴しているのであるから、それは法令の解釈適用を誤ったものというべきであり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである。

よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に判決することとし、原判決認定の事実(但し、原判示罪となるべき事実のうち、「その報酬として」とある部分を「その報酬等として」と改める。)に原判決挙示の各法条を適用し、被告人を懲役八月、執行猶予三年に処し、また前示の理由から、被告人が供与を受けた現金一〇万円のうち利益として収受した分の価額を追徴することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 松浦繁 裁判官村田晃は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 石松竹雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例